沖縄本島最北端 辺戸岬の風景に感動
辺戸岬からも見えるアシムイも綺麗ですね。アシムイには、島建ての神、アマミキヨが降り立ち沖縄最初の聖地、安須杜を創ったと言われています。琉球王国時代には王家の繁栄、五穀豊穣、航海安全をこの地で祈り、今も四十箇所以上ある御願所(拝所)に神人の祈りが捧げられています。
沖縄本島辺戸岬は大石林山から2.4km、レンタカーで約5分のところなので、大石林山をトレッキングした後に行ってきました🚙
辺戸岬は観光の人も多く来られますが、駐車場も広々しているので良いですよ。
駐車場から辺戸岬へはこのような道を歩いていきますよ♬
沖縄最北端の辺戸岬にやってきました💛
辺戸岬は東を見ると太平洋、西には東シナ海を見渡すことが出来ます。鹿児島県の与論島も望むことが出来ましたよ☆
沖縄本島最北端 辺戸岬 祖国復帰闘争碑
辺戸岬には本土復帰運動の拠点となっていた歴史があり、1972年の沖縄返還に際し、建立された「祖国復帰闘争碑」が建っています。
祖国復帰闘争碑
全国の そして世界の友人へ贈る
吹き渡る風の音に 耳を傾けよ
権力に抗し 復帰をなしとげた 大衆の乾杯の声だ
打ち寄せる 波濤の響きを聞け
戦争を拒み 平和と人間解放を闘う大衆の雄叫びだ
鉄の暴風やみ 平和の訪れを信じた沖縄県民は
米軍占領に引き続き 一九五二年四月二十八日
サンフランシスコ「平和」条約第三条により
屈辱的な米国支配の鉄鎖に繋がれた
米国支配は傲慢で 県民の自由と人権を蹂躙した
祖国日本は海の彼方に遠く 沖縄県民の声はむなしく消えた
われわれの闘いは 蟷螂の斧に擬せられた
しかし独立と平和を願う世界の人々との連帯であることを信じ
全国民に呼びかけ 全世界の人々に訴えた
見よ 平和にたたずまう宜名真の里から
二十七度線を断つ小舟は船出し
舷々合い寄り 勝利を誓う大海上大会に発展したのだ
今踏まれている土こそ
辺戸区民の真心によって成る沖天の大焚火の大地なのだ
一九七二年五月十五日 沖縄の祖国復帰は実現した
しかし県民の平和への願いは叶えられず
日米国家権力の恣意のまま 軍事強化に逆用された
しかるが故に この碑は
喜びを表明するためにあるのでもなく
まして勝利を記念するためにあるのでもない
闘いをふり返り 大衆が信じ合い
自らの力を確かめ合い 決意を新たにし合うためにこそあり
人類の永遠に存在し
生きとし生けるものが 自然の摂理の下に
行きながらえ得るために 警鐘を鳴らさんとしてある
石碑には上記のように書かれています。僕はこの碑を見るまでは、辺戸岬は景色の良い観光地でぜひ訪れてみたいというような気持で来たことだけに、胸が詰まる思いになりました。かつての沖縄はアメリカの軍政下にあって、軍政は苛烈を極めていました。日本国憲法の理念とは絶対に相容れない状態にあり、憲法下の権利も恩恵も、沖縄県民にとっては無縁の夢でしかありませんでした。頻発する米兵の犯罪に、日本の法律は適用されず。 沖縄は日本でありながらも「日本国憲法の枠外」の地域。その状況に抗い、沖縄の人たちは「沖縄県祖国復帰協議会」を組織し、軍政からの脱却、すなわち「日本国憲法の下への復帰」を求めたわけです。
ママ、森林の中にヤンバルクイナの像が見えるよ!
アシムイのやんばるの方に目を凝らしてみると、結構な大きさのヤンバルクイナのモニュメントがあることに驚かされます。高さ11.5mのヤンバルクイナをモチーフとした展望台があるようです。辺戸岬等の雄大な景勝地を望むことができるようになっているそうですよ。
沖縄本島最北端 辺戸岬 ヨロン島・国頭村友好記念碑
辺戸岬から与論島の方へ見渡す海原の景色、美しさと共に感慨深いものがありました。
大石林山に来た際には、辺戸岬も訪れることもおすすめですよ💛
コメント